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手仕事の日々-tsurezure-

趣味で手作りアクセサリーと焼き物をつくっています。 作品と製作にまつわる日々のエピソードを綴ります。

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バイバイじいちゃん

先ほど連絡があって、同居していた実家の祖父が亡くなったそうです。
次の日記では有楽町の報告をしようと思っていましたが、明日の朝新幹線で再度富山に帰省するので、またしばらく日記の更新が滞りそうです。

91歳で、十分に大往生といえるかもしれないけれど、とても淋しいし悲しみが止まりません。
もともと出不精であまり子供に構わない父の代わりに、ドライブや学校の送り迎いをしてくれたのはいつも祖父だったので、なんか私にとっては親代わりのようなところがあったんですよね。
小心者なのに、親しい皆の前では人一倍大きな事をいつも言う祖父とか、
歌が好きで、谷村新司を歌わせたら右に出るものがいない祖父とか、
ぶっきらぼうに見えて、祖母が病気の時ずっと病院で寝泊まりして看病した祖父とか…
それはそれは人間味にあふれてて、パワフルな人でした。

きっと100歳くらいまで行くんじゃない、と言われていたのになあ。
ここ数年は物忘れやまだらボケもあったけれど、歯も心臓も健康で、まだまだ、まだまだと思っていたけれど。
今年の暑すぎる夏に体調を崩して入院したって聞いて、この間久しぶりにお見舞いに行ったときには、まるで別人のような痩せ方をしていた。正直夜は枕で一人泣きました。
それでも、ビックリするような力で手を握ってくれて。
いつものボケもどこへ行ったのか、私の事をしっかり覚えてた。
消え入りそうな声でしたが、まっすぐな目で私に話しかけてくれました。

なんとなく、それが最後になるんじゃないかと感じていました。
人間の生死についてなんて、これまでそんなに考えた事はなかった自分が、ここ最近はやけに胸が騒いでて、柄にもなく繋がる命の不思議についてなんて、想ってみたり。
「トイレの神様」って曲が、やけに心に残ってしまったり。
昨日の夜も、とても疲れているはずなのに不思議と浅い夢ばかり、なんだかほとんど熟睡できなくて…
聞くと、苦しみだしたのはちょうど昨日の深夜かららしい。
もしかしたらじいちゃんが、枕元で話しかけていたのかもしれません。

始まりがあれば終わりがあるのは仕方のない事だけれど、
でも、やっぱり生きていた人を送り出すのは、どんなに大往生でも淋しい事です。

それでも、この先生きていた頃のじいちゃんを覚えている事が、今の私がまわせる唯一のバトンなのだろうな。
…そんな気持ちで、明日じいちゃんに対面できたらな、と思っています。

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■ コメント

おじいちゃんっこだったのですね。
文章からおじい様の温かな人柄がうかがえます。おじい様から貰った愛情って消えないですよ。おじい様のご冥福をお祈りします。
そして、KAYOKOさんが帰って来るの待ってますよ。

私は先月叔父が亡くなくなりました。大人になってからはほとんど会わなかったのだけど、子供ころ遊んでもらった記憶がよみがえって涙が流れました。

お父様のかわりのように可愛がってもらったのなら、本当に悲しいですね。
元気を出してくださいね。
おじいちゃんに支えてもらった沢山のことは、KAYOKOさんの人生を豊かにしてくれますよ。思い出すたびに豊かになります。
亡くなってしまった人から、もらった愛情って、そういうものです。

おじい様のご冥福をお祈りします。

そして、またハッピーハンドメイドになあれ!

有楽町、おつかれさまでした。。わたしは、早くに両親と別れたのですが、事情があり母には会えずじまいでした。おじいちゃんとしっかりお別れをしてきてくださいね。気を付けて帰ってきてください。

大切な人とのお別れは本当につらいものですね。
でも、悲しんでくれる人が多ければ多いほど幸せな人生だったってことですよね。
素敵なおじい様だったのでしょうね。

私もおばあちゃん子だったので、
「トイレの神様」を聞くたびに毎回涙してしまいます。

おじい様のご冥福をお祈りいたします。
また、お疲れの出ませんようお体にはお気を付け下さい。

大往生でも悲しいものは悲しいよね。
喪失感は何歳まで生きてくれていてもある。
我が家も祖父母とも大往生だったのですが、
孫の中でも末っ子のわたしはまだ19歳でした。
今年は喪中はがきが多くて・・・
でも、この歳までおじいちゃんおばあちゃんがいたなんてちょっとうらやましい。
実家まで遠路だと思うので、冬だし気をつけていってきてね。
おじい様のご冥福を心よりお祈りします。

私もおじいちゃん子でしたよ。
骨太の大黒様みたいなおじいちゃんと一緒にお店番をやっていた事を
思い出します。あまり仲の良くない父と祖父の間を取り持っていた感じだったので、よく祖父の話し相手をしていました。
私の祖父も最後はボケてしまっていて、自分の娘なのに私の名前を呼んでいたといいます。おじいちゃんは、私の誕生日になくなりました。きっと私に忘れられたくないのだなぁと思っています。
葬儀の時には、皆で故人を偲んでたくさん思い出話をしてやってください。おじい様もきっと喜んでくれる事でしょう。
おじい様のご冥福を心よりお祈り致します。

KAYOKOさんにとって、お祖父さまはかけがえのない素晴らしい人だったのでしょうね。
心から、お祖父さまのご冥福をお祈りします。
また、そのうちKAYOKOさんの作品を見に行きたいと思います。

コメントを下さった皆様へ

あれから1週間、告別式の後の片付けも含めて、なんとかいろいろ終わらせて東京へ戻ってきました。
ブログを久しぶりに開いたら、たくさんの方からお悔やみのコメント…
温かい言葉の数々、ありがとうございます。
みなさんの、それぞれ大切な方との優しい想い出話が胸にしみます。
それぞれに色々な節目を乗り越えながら、皆生きているんですね。

葬儀の日は、清々と晴れ渡る空に光る日本アルプス。きっと思い残すことなく、天に召されたと思います。
ずっと一緒に暮らしていた祖父だったので、喪失感もまだまだ大きいのですが、それゆえに残っている家族、これからは皆で手を取って仲良く暮らしたいとの思いがとても強まりました。
そんな風に、前向きな気持ちで送る事が出来たので、良かったです。

近日中には、また皆さんのブログにも今まで通りお邪魔いたしますね。
かさねがさね、このたびは本当にありがとうございました。

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■ プロフィール

KAYOKO

Author:KAYOKO
多摩川のほとりでゆったり暮らし。
最近ハンドクラフトに目覚め、
すこしずつ作品をつくりためようと
検討中。

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